りけいのり

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【腸内細菌】過敏性腸症候群(IBS)と腸内細菌叢の関わり

本日も、りけいのりがお届けします。

 

今回の記事は、近年の健康ブームに伴い、急速に知られるようになった"腸内フローラ"のお話。腸内フローラとは何か、という定義がされぬままに、健康との関わりが議論されることが多いです。

 

一方、腸内フローラが、我々ヒトの人生に、とっても大きな影響を与えていることは事実です。かくいう"りけいのり"は、エムラン・メイヤー(Emeran Mayer)先生著述の、"脳と腸 -体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか-"の内容に衝撃を受け、現在は腸内細菌の研究をしています。

本書では、腸内に棲息する腸内細菌と、腸管神経系、迷走神経、脳の間に成り立つ情報伝達系(脳腸相関)を皮切りに、腸内細菌がいかに重要なのかが説かれています。

 

話が脱線しました。今回は腸内細菌について簡単に説明した上で、過敏性腸症候群(IBS)の説明を行い、最後に腸内細菌と過敏性腸症候群の関わりについてご紹介します。

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腸内フローラとは

腸内フローラは、別名腸内細菌叢と呼ばえる。フローラ(flora)は、英語で"花"を意味し、フラワーと同語源です。様々な腸内細菌が、お花畑のごとく集まっているイメージです。叢(くさむら)という言葉は、多くのものが雑多に集まっている様子を指しています。腸内細菌のまとまり、集合体のことを、腸内フローラ、あるいは腸内細菌叢と呼びます。

 

腸内細菌とは、人間と共存関係にある細菌の中でも、腸内に棲息している細菌を指します。ヒトには、約100兆個とも言われる数の細菌が存在しています。そして、約100兆個の細菌の多くは、腸内細菌叢に由来します。腸内は、微生物の生存にとって、非常に都合の良い環境です。

以下、細菌叢研究の世界的権威、ロブ・ナイツ(Rob Knight)先生と、科学ライターであるブレンダン・ビューラー(Brendan Buhler)さんの著書、"細菌が人をつくる"より一部引用です。

細菌にとって腸内は住み心地の良い場所です。温暖で食べ物と飲み物が豊富にあり、便利な下水道システムもあります。巨大な細菌群集が豊富なエネルギーを謳歌していて、私たちの腸はさながら、にぎやかなニューヨークと石油が豊富なサウジアラビアを合わせた都市のようです。*1

まさに、人種の坩堝(るつぼ) としてのニューヨークと、潤沢な資源産出国のサウジアラビアは、腸内環境の形容にはピッタリです。

 

腸内細菌の研究は、約10年前から急激な進歩を遂げ、昔には想像もおよばなかった事実が明らかとなってきました。ヒト以外の生物を他者・非自己の存在であるとすると、ヒトは非自己と常に共存していることになります。ヒトの体は37兆個の細胞により構成されることから、ヒトの細胞1つあたりに2-3の非自己が共存する計算ですね。

 

実は、私達が考えている私達って、ほとんどが私達以外でできているんですね。私達と共存する、彼ら/彼女らが過敏性腸症候群と関係するメカニズムについては、後の節に譲ります。

過敏性腸症候群(IBS)とは

過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome: IBS)とは、機能消化管障害(Functional Gastrointestinal Disorder: FGID)の一種で、腹痛や腹部不快感を伴い、便通に慢性的・再発的な異常が見られる状態です*2

日本においては、国民の約15%にみられる、頻度の高い疾患であることが知られています。

 

過敏性腸症候群の原因は、現在も定かでは有りません。有力な要因としては、ストレスや腸内細菌が挙げられ、またこれらの相互作用によって発症していることも考えられます。

 

過敏性腸症候群は、便の形状によって細分化されます。便の形状は、便秘、正常範囲、下痢などの様態によって分類されます。我々が汚物と認識する便に、実にたくさんの情報が詰め込まれているのです。

 

便の形状と硬さを腸疾患の診断に利用したのは、1997年、英国Bristol大学のHeaton博士です。以下、7段階によって便を分類します。これを、Bristol便形状尺度といいます。

1:硬くてコロコロした木の実のような便

2:いくつかの塊が集まって形作られたソーセージ状の便

3:表面にヒビ割れがあるソーセージ状(バナナ状)の便 (正常)

4:滑らかで軟らかなソーセージ状(バナナ状)の便 (正常)

5:軟らかな半固形状の便 (正常)

6:境界がはっきりしない不定形の便

7:水様便。

*3

Bristol便形状尺度は、便の形状を数値で表現したものです。便の形状は、下部消化管の運動機能を反映するために、重要であると考えられています*4。便の形状によって、IBSを便秘型や下痢型、混合型、分類不能型へと分類し、それぞれに対して適切な薬物療法が適用されます。

腸内フローラと過敏性腸症候群の関わり

最後に、腸内細菌叢(フローラ)と過敏性腸症候群の関わりに関する、2021年8月現在の知見を紹介します。基本的に、腸内細菌が多様に存在する腸が、健康であると考えられています。ここでの多様性をどのように定義するか、については生命情報学に譲るとします。健康が損なわれた状態を病気とするのであれば、腸内細菌の多様性が失われた状態が病気に繋がると考えられます。

 

実際に、腸内細菌叢組成のバランス異常(disbiosis)が、過敏性腸症候群の患者にも確認されていることから*5、腸内細菌と過敏性腸症候群には何らかの関係が存在すると考えられています。

 

ここで、重要な議論に、腸内細菌と過敏性腸症候群の因果関係があります。腸内細菌と過敏性腸症候群の発症に何らかの関係があることは、観察研究として明らかになっています。しかし、この状態で腸内細菌が過敏性腸症候群の原因であるとするのは時期尚早です。以下のケースが考えられるからです。

  1. 腸内細菌叢が原因となって過敏性腸症候群が発症している。
  2. 過敏性腸症候群が原因となって、腸内細菌叢の組成が変化している。
  3. 腸内細菌叢の変化、過敏性腸症候群を誘発する第3の因子が存在する(食事など)

ここでは、正岡と金井らの総説を参考に、腸内細菌が過敏性腸症候群に対してどのような影響を与えているか、与えうるかを示します*6

著者らの実験
  • IBS患者10例に対して、便移植の臨床研究
  • 二親等いないの親族の便を、下部消化管内視鏡により患者へ投与
  • 60 %の患者において、Bristol便形状尺度の観点から改善がみられ、腹部形状も改善

その他の報告

  • 2014年に報告された、IBS患者に対する健常者の便移植では70%が症状改善
  • 健常群と比較して、ヴェイロネラ属菌が増加し、ビフィドバクテリウム属菌(いわゆるビフィズス菌)が減少
  • ビフィドバクテリウム属菌およびラクトバチルス属菌の一種を投与することで、IBS症状が改善

以上の知見はいずれも、過敏性腸症候群の原因として、腸内細菌を裏付けるエヴィデンスとなります。一方で、腸内細菌が、どのような働きをして過敏性腸症候群を誘発するかに関しては明らかとなっていません。分子生物学、生理学、生命情報学の観点から、さらなる研究が求められます。

おわりに

今回は、腸内細菌の簡単な説明と棲息環境、過敏性腸症候群の概要、腸内細菌と過敏性腸症候群の関連についてまとめました。ヒトに棲まう他人について、少しでも想いを馳せて頂けたら嬉しいです。

 

我々の腸内では、地球上でもっとも高密度に微生物がひしめき合っています。数え切れない非自己と、私達人間は奇跡的に共存しています。

 

ヒトの生物としての恒常性維持機能(ホメオスタシス)は、実はお腹の中の彼ら/彼女らに担うところも大きいです。でも、ヒトと腸内細菌の関係は明らかになっていない点が多いです。ヒトの疾患と腸内細菌の関わりもその一つです。

 

今後も、りけいのりでは腸内細菌に関する最新の知見を紹介して行きます!以上、りけいのりがお届けしました。

*1:ロブ・ナイト、ブレンダン・ビューラー、訳)山田拓司 (2018)、TEDブックス 細菌が人をつくる 第一刷、株式会社朝日出版社、第1章 細菌としての肉体、38.

*2:医療情報科学研究所 (2020)、病気がみえる vol.1 消化器 第6版 第2刷、過敏性腸症候群(IBS), 148-151.

*3:ブリストル便性状スケール(BSスコア)、ヤクルト中央研究所、Access: 2021/08/03、

institute.yakult.co.jp

*4:*2参照

*5:福田真嗣他(2019)、もっとよくわかる!腸内細菌叢 健康と疾患を司る"もう1つの臓器" 第一刷、株式会社羊土社、第Ⅱ部  腸内細菌叢とヒトの疾患、その制御、6章 腸内細菌叢のバランス異常(dysbiosis)と疾患, 66. 

*6:正岡建洋, 金井隆典, 過敏性腸症候群の最新知見―治療―, 日本消化器病学会雑誌, 2019, 116 巻, 7 号, p. 570-575. 

doi.org