りけいのり

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【腸内細菌】潰瘍性大腸炎と腸内細菌叢の関わり

本日も、りけいのりがお届けします。

 

今回のテーマは、潰瘍性大腸炎と腸内細菌叢の関わりについて。潰瘍性大腸炎は、安倍晋三元首相の持病としても知られる疾患であり、日本においては約22万人が罹患しています(2020年8月時点)*1潰瘍性大腸炎は、指定難病とされており、原因は現在も明確に定まっておりません。

 

以前、りけいのりでは、潰瘍性大腸炎と同じ炎症性腸疾患の1つとされる、クローン病について扱いましたクローン病の原因として、腸内細菌叢の構成異常(Disbiosis)に着目しました。今回の記事でも、Disbiosis(ディスバイオシス)の観点から潰瘍性大腸炎に迫ります。腸内で炎症が起こる仕組みについては、以下の記事を御覧ください。 

www.rek2u.com

それでは早速、潰瘍性大腸炎の概観をご紹介します。

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潰瘍性大腸炎ってどんな病気?

潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis)とは、主に大腸粘膜にびらん、潰瘍などの病変が確認できる、原因不明の慢性炎症腸疾患です*2。統計によって推定値にばらつきはありますが、人口10万人に対して100人(1000人に1人)が悩むとされています。

 

発症に性差はなく、①喫煙者は非喫煙者と比較して発症リスクの高いこと、②発症のピークは男女共に20代に見られることが知られています(下図参照)。

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引用: 潰瘍性大腸炎の推定発症年齢、潰瘍性大腸炎(指定難病97)、難病情報センター、Accessed: 2021/08/16、URL: 潰瘍性大腸炎(指定難病97)

症状としては、貧血、体重減少、発熱や腹痛、血便、粘血便が知られています。これらの症状を主訴(患者が訴える主な症状)とする場合に、消化管造影検査、内視鏡検査が行われ、腸の正常構造の喪失や潰瘍の確認により、潰瘍性大腸炎が疑われます。

 

潰瘍性大腸炎の治療には、内科的治療として抗炎症薬メサラジン(商品名:ペンタサ)やステロイドの薬物投与、炎症に伴い発生する白血球の除去療法を、外科的治療としては手術を行います*3。ただし、外科治療は、大出血や癌化などの急を要する場合や、内科的治療が上手く行かない場合に限ります(手術は患者にとって大きな肉体的、精神的ストレスです)

 

潰瘍性大腸炎の病理については、ミルメディカルさんの動画が参考になります。

www.youtube.com

炎症性腸疾患の見分け方

続いて、混同しやすい炎症性腸疾患として、クローン病潰瘍性大腸炎が挙げられるので、以下に相違点を列挙します。

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炎症性腸疾患の鑑別(引用:病気が見える 見える Vol.1 消化器 第3版 第2刷)

クローン病潰瘍性大腸炎を比較すると、好発年齢は類似しているものの、好発部位には若干の違いがあります。症状に限ると、クローン病では肛門部への病変が認められるのに対して、潰瘍性大腸炎では直腸病変や粘血便が認められます。いずれにしても、炎症性腸疾患では症状が共通していることも多いため、症状の記録、消化管造影、内視鏡検査などを利用して多角的に鑑別する必要があります。

血便、慢性的な便通異常が見られたら、まずは病院に行くことを強くお勧めします。

潰瘍性大腸炎と腸内細菌叢の関わり 

まずは、大阪大学日本医療研究開発機構(AMED)、科学技術振興機構(JST)の共同発表を概観します。

  • 炎症性腸疾患の原因に、腸管粘膜バリアの破綻が考えられている
  • 腸管粘膜バリアは糖タンパク質のムチンが体液に溶け込んだ粘液により、組織への腸内細菌の侵入を防いでいる
  • 大腸上皮細胞に特異的に高く発言するLypd8遺伝子のノックアウトマウスを作成したところ、通常無菌に近い内粘液層への腸内細菌の侵入が確認された
  • Lypd8遺伝子の発現は、糖鎖で修飾されたグリコシルホスファジチルイノシトール(GPI)により細胞膜に繋ぎ止められたタンパク質(GPIアンカー型タンパク質)の産生を促す。このタンパク質の一部は酵素の働きにより特に鞭毛を有する腸内細菌に結合し、運動性を抑えることがあきらかとなった
  • Lypd8遺伝子が欠損することで、腸内細菌が腸管壁に到達し、免疫応答の結果炎症反応が惹起されていることが示唆された

参考文献: *4

以上より、①通常の腸管内では腸内細菌が腸管壁に到達しないようにする仕組みが働いていること、②腸内細菌は炎症反応を誘発すること、が分かります。炎症性腸疾患の一種である潰瘍性大腸炎の発症に関して、Lypd8遺伝子が関係している可能性が考えられます。

大阪大学日本医療研究開発機構(AMED)、科学技術振興機構(JST)の共同発表の末尾では、以下のように締めくくられています。

近年、潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患の患者数は増加の一途をたどっています。今後、Lypd8蛋白質の補充療法などの粘膜バリア増強による潰瘍性大腸炎への新たな治療法の開発が期待されます。

続いて、前回も紹介したクレブシエラ・ニューモニエに関する報告です。

  • 抗生物質の投与により、口腔常在菌クレブシエラ・ニューモニエが腸内へ定着
  • インターフェロンγを産生するヘルパーT細胞の一種Th1細胞が顕著に増加

*5

最後に、2021年1月25日発刊の論文をご紹介します(執筆現在: 2021年8月16日)。

  • ポーランドにおける潰瘍性大腸炎患者の腸内細菌組成を調査
  • 手法:16S rRNAの解析
  • 対象:20人のグループ(UC患者10人、対照者10人)
  • 結果①:潰瘍性大腸炎患者において腸内細菌の多様性が大幅に低下(p<0.05)
  • 結果②:潰瘍性大腸炎患者において、Proteobacteria(門)、Actinobacteria(門:放線細菌)、Candidate Division TM7(糸状性細菌、サッカリバクテリア)が多く含まれていた
  • 結果③:潰瘍性大腸炎患者において、Bacteroidetes(属)、Verrucomicrobia(門:ウェルコミクロビア)は、健常者に比べて少なかった
  • 結論:腸内細菌の多様性が低下し、抗炎症作用を持つ分類群が減少し、病原性を持つ可能性のある細菌が増加していることが確認された

*6

おわりに

いかがでしたか?今回の記事では、難病指定を受ける潰瘍性大腸炎と腸内細菌の関係に迫りました。リアルタイムで1000人に1人が悩む疾患。治療法がわからないからこその難病です。

近年、系統組成や遺伝子機能発現予測など、腸内細菌にまつわる新たな知見が急速に蓄積されています。情報技術の急速な進歩に加えて、薬学者、分子生物学者、世界中のバイオインフォマティシャン※、医療関係者、医療技師と、様々な賢人によって、見えない世界が見えるようになってきました。

(※生命情報学者のこと: 計算機上での実験や解析により、生物のビックデータから知見を集積・発見する研究者)

現在では、腸内細菌の構成異常状態から正常状態にすることを目的として、様々な介入試験がなされています。例えば、健常者の糞便を患者に移す、便微生物移植(Fecal Microbiota Transplantation: FMT)が、一部の疾患では応用されています。

今後、腸のみならず、常在菌構成異常が確認された疾患に対しては、微生物による介入を経て、治療がなされる時代に成ることを期待しています。以上、りけいのりがお届けしました。

*1:安倍首相の持病、潰瘍性大腸炎とは 国内患者22万人、日本経済新聞、2020年8月28日 14:37 (2020年8月29日 4:40更新)、Accessed: 2021/08/16、URL:

www.nikkei.com

*2:病気が見える Vol.1 消化器 第3版 第2刷(平成20年)、医療情報科学研究所、株式会社メディックメディア、90-93

*3:*2参照

*4:腸内細菌の大腸組織侵入を防ぐメカニズムを解明~潰瘍性大腸炎の新たな治療薬開発に期待~、大阪大学日本医療研究開発機構科学技術振興機構平成28年3月31日、Accessed: 2021/08/11、URL: 

www.amed.go.jp

*5:2017年度 研究事業成果集 口腔常在菌が炎症性の腸疾患の発症に関与している可能性を発見、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構、平成30年11月15日、Accessed: 2021/08/11、URL: 

www.amed.go.jp

*6:Zakerska-Banaszak, O., Tomczak, H., Gabryel, M. et al. Dysbiosis of gut microbiota in Polish patients with ulcerative colitis: a pilot study. Sci Rep 11, 2166 (2021).

doi.org