りけいのり

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【腸内細菌】急性虫垂炎と腸内細菌叢の関係

 

本日も、りけいのりがお届けします。

 

今回のテーマは、急性虫垂炎と腸内細菌叢の関係です。急性虫垂炎より、盲腸という俗称の方が馴染み深いかもしれません。発症すると、腹部に強い痛みを伴い、投薬により"散らす"か、あるいは手術することで対応します。

実は、虫垂はリンパ組織として知られており、近年その意義が注目されています。腸管における免疫といえば、腸内細菌叢。りけいのりではお馴染みですね。今回は、急性虫垂炎と腸内細菌叢の関係に迫り、虫垂の組織としての存在意義にも迫ります。

腸内細菌叢や腸内細菌叢と疾患の関係については、以下の記事が参考になります。

www.rek2u.comwww.rek2u.com

それでは、早速本編に移ります。

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急性虫垂炎とはどんな病気か

虫垂って何?盲腸って?

急性虫垂炎の正体に迫るには、虫垂について知る必要があります。虫垂とは、解剖学的には以下の部位(Appendix)を指します。

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Accessed: 20210923, URL: https://www.news-medical.net/health/What-is-the-Appendix.aspx


ここで、Caecumが盲腸、Appendixが虫垂です。盲腸と虫垂は解剖学的いに区別されています。炎症が起こるのは、虫垂です。従って、盲腸という言葉は、実際に即して考えると適切な名前ではありません。また、虫垂の英語Appendixから、急性虫垂炎はアッペとも呼ばれたりします。Appendixとは付録を意味し、なんだかその存在がぞんざいに扱われています。

それもそのはず。定説は、この盲腸という部位は人間にとっては必要ではないとしています。草食動物のような、消化に多くの酵素と時間を投資する生物にとっては、盲腸が重要な役割を果たします。一方で、人間は雑食であり、植物の細胞壁などに由来するセルロースを分解する必要は無いのです。しかし、近年の研究では、盲腸および虫垂には重要な役割があるのでは無いか、という説が提唱されています。この後詳しく解説します。

虫垂は、盲腸の端に位置する紐状の組織です。外径平均8 mm、長さ平均85 mmの虫垂は、消化管内で最もリンパ組織が発達しています*1。炎症の中心になるのも納得です。

急性虫垂炎の概要

それでは、急性虫垂炎の正体に迫ります。急性虫垂炎の概要は次の通りです。

好発:10-20歳代

発症の経緯:①食物残渣の詰まりやリンパ組織の増大により虫垂内腔が閉塞、②虫垂にて二次的な感染が加わることで発症

症状:心窩部痛(みぞおち辺りの痛み)、臍部痛(せいぶつう: 臍のあたりの痛み)、内臓痛、食欲不振、悪心・嘔吐、軽度の発熱など

診断:触診、血液検査、腹部CT

参考*2

発症年齢の分布を確認します(N=598)。

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年代別症例数(1998-2015年)、 虫垂炎について、独立行政法人国立病院機構まつもと医療センター、Accessed: 20210923、http://mmccenta.jp/sinryoka/surgery/appendicitis/

10代未満から80代にかけて、分布はブロードです。確かに、極大値は10代から30代の若年層であることが読み取れます。しかし、他の年齢層にも、急性虫垂炎の発症は珍しくはないことをこの分布は示しています。

炎症なので、血液検査では白血球濃度、CRP(C反応性タンパク質:感染症や組織壊死により増大が認められる肝臓由来のタンパク質)の増大が認められます。

急性虫垂炎は、治療が遅れることで進行します。次節では、虫垂炎の進行とその治療について言及します。

急性虫垂炎の進行と治療

急性虫垂炎は、3段階の進行を経ることが知られます。以下、千葉市医師会の公開している虫垂炎のステージを確認します。数字が大きくなることが、症状の進行に対応します。

  1. カタル性虫垂炎:炎症の程度が一番軽い状態。この段階では、抗生物質による治療も可能になります。ただし、薬物療法の場合、10~20%の割合で再発します。
  2. 蜂窩織炎性(ほうかしきえんせい)虫垂炎:虫垂の中に膿がたまっている状態。放置すると虫垂の壁に孔があき、病状は悪化します。この段階では、投薬による治療は行えず、虫垂を切除する手術を行います。
  3. 壊疽性(えそせい)虫垂炎:虫垂の中に膿がたまっている状態。放置すると虫垂の壁に孔があき、病状は悪化します。この段階では、投薬による治療は行えず、虫垂を切除する手術を行います。

引用*3

りけいのり筆者も、急性虫垂炎の経験者です。クリスマスイブの深夜、激しい臍部痛により眠れず、救急外来にて病院へ。血液検査や腹部CTの結果から、急性虫垂炎の診断を受けました。発症からまもなく治療をしたため、抗生物質により"散らす"ことで対処できました。しかし、数年後再発し、このときは虫垂が一般人の2倍ほどに膨れ上がっており、緊急で手術する運びとなりました。虫垂君には、なかなか振分まされましたが、おかげでベッドの上で安静にする切ないクリスマスと、K-Popの流れる手術室での全身麻酔を体験できました。ありがとう()。

余談で先走りましたが、治療には抗生物質の投与と絶食、症状がひどい場合・再発を防ぐ場合には外科的手術が施されます。現在では、外科的手術の技術が進歩し、単孔式腹腔鏡下手術という、臍部に穴をあけるのみの手術が存在します。これは、おへその部分を切り、そこから手術を行うので、術後の痕が目立たない方法です。筆者もこの手術を受けました。直接私と合う場合、お望みであればおへそ見せますよ。

急性虫垂炎と腸内細菌叢の関係

続いて、急性虫垂炎と腸内細菌叢の関係に迫ります。虫垂はリンパ組織であることを前述しました。つまり、腸管内の免疫応答になんらかの役割を担っていることが想定されます。

ここで、腸管内の免疫応答に重要な役割を果たす、もう1つの存在があります。それが、腸内細菌です。マウスを用いたある実験では、腸内細菌を保有するマウス(対照群)と比較して、腸内細菌を保有しないマウス(Germ-free マウス)の免疫系の発達が未熟でした。腸内細菌といえど、非自己。免疫応答の対象になります。そこで、腸管壁の外粘膜層という(腸だけに)超ご近所に存在する非自己が、免疫系の発達に一役買っているわけです。まずは、虫垂と腸内細菌叢の関係についてです。

大阪大学:竹田潔教授らのグループより(2014)

以下、報告の概要です。

  • 虫垂は粘膜免疫で重要なIgA(細菌の運動性を弱める)の産生に重要な組織
  • 腸内細菌叢の組成制御に関与している
  • 腸内細菌叢のバランス異常(Disbiosis)にも虫垂の影響が考えられるため、炎症性腸疾患(IBD)にも重要な組織か
  • 虫垂を標的としたIBDの新規治療法開発に期待

図1

参考:*4

無用の長物と考えられていた虫垂が、実は腸管外粘膜層に存在する腸内細菌の制御に重要な役割を果たしているとする研究。Appendixという名を関するには、存在感が大きすぎるのでは無いか、という気がします。

腸内細菌叢のバランス異常は、抗生物質の投与などにより引き起こされます。急性虫垂炎から抗生物質を投与し、さらに虫垂を切除するとなると、腸内細菌の観点からは最悪の対処なのかもしれません。

しかし、虫垂炎も進行すると腹膜炎などを発症しますから、難しいものです。無闇矢鱈に虫垂を取り除くのは、良くないようです。

日本小児外科学会雑誌:安藤・伊勢らの報告(2019)

続いて、虫垂炎の進行と腸内細菌叢の変化について論じた報告です。虫垂はリンパ組織であり、 炎症に伴ってIgA生産などにも影響がおよぶと考えられます。従って、腸内細菌叢も変化すると考えられるでしょう。本研究では、平均年齢10歳2ヶ月の小児を対象に、N=40の後ろ向き研究を行っています。後ろ向き研究(Retrospective Study)とは、ある症状や性質を持つ発症群と、持たない対照群にサンプルを分類し、両者の生活習慣や薬の投与歴などをさかのぼって比較することで、症状の原因を特定するような研究手法です。

以下、日本小児外科学会雑誌:安藤・伊勢らの報告の概要です。

  • 平均年齢10歳2ヶ月の症例
  • 発症からの日数および炎症の程度による2群比較
  • 虫垂内容ぬぐい液もしくは腹腔内の膿汁中の細菌を培養
  • 全例でβラクタム系の抗菌薬投与
  • 40例中70%にEscherichia coli、38%に Bacteroides fragilis、35%にEntrerococcus sp.、28%にBacillus sp.が観察された。
  • 発症からの経過日数、炎症の進行に伴い、Enterococcus sp. Pseudomonas aeruginosaの検出率が有意に増大した(p<0.05)。
  • Enterococcus sp. は通性嫌気性、Pseudomonas aeruginosaは偏性好気性の細菌であるが、この理由として絶食により偏性嫌気性細菌の栄養となる有機酸、短鎖脂肪酸が減少することが原因として考えられる
  • 発症が進行した壊疽性虫垂炎などでは、
  • Enterococcus sp. Pseudomonas aeruginosaをカバーした抗菌薬の使用が適正であると考えられる

参考:*5

虫垂炎においては、大腸菌やBacteroides fragilisなどの腸内細菌に対して、抗菌薬の投与がなされます。一方で、本研究では、①食事への介入等により虫垂炎の治療時に虫垂中の腸内細菌叢が変化すること、②それに応じて適正な抗菌薬が変化することが示されました。

おわりに

いかがでしたか?この記事では、虫垂や盲腸の解説から始まり、急性虫垂炎、急性虫垂炎と腸内細菌叢の関係についてご紹介しました。

腸内では存在感の薄い虫垂ですが、じつは腸管内の免疫機能に重要な役割を果たしていること、虫垂炎発症時における適切な抗菌薬が変化することを学びました。

今後も、虫垂に着目した治験は集積されるでしょう。それは、急性腹症の中で最も発症率が高いのが急性虫垂炎であり、また炎症性腸疾患の治療に活かせると期待されているのが虫垂だからです。

以上、りけいのりがお届けしました。

 

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参考文献

*1:太田西ノ内病院 消化器センター、虫垂炎を疑う時、医学小知識、一般財団法人大田綜合病院、Accessed:20210923、URL:虫垂炎を疑う時/医学小知識

*2: 医療情報科学研究所 (2020)、病気がみえる vol.1 消化器 第6版 第2刷、急性虫垂炎, 192-197.

*3:虫垂炎(2016)、一般社団法人 千葉市医師会、Accessed: 20210923、URL:

「虫垂炎」 | 今月の健康コラム | 一般社団法人 千葉市医師会

*4:大阪大学、科学技術振興機構の共同発表(2014)、無用の長物と考えられていた虫垂の免疫学的意義を解明~炎症性腸疾患の制御に繋がる新たな分子機構~、Accessed: 20210923、URL: 

無用の長物と考えられていた虫垂の免疫学的意義を解明~炎症性腸疾患の制御に繋がる新たな分子機構~

*5:安藤亮、伊勢一哉(2019)、小児急性虫垂炎の進行に伴う虫垂内細菌叢の検討、日本小児科学会雑誌、55(2)、231-235.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsps/55/2/55_231/_article/-char/ja/