りけいのり

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【腸内細菌】クローン病と腸内細菌の関係 (Part 1)

本日も、りけいのりがお届けします。

 

今回の記事では、クローン病腸内細菌の関係に迫ります。クローン病とは、小腸や大腸に見られる炎症性の病気で、難病にも指定されています。そんな難病のクローン病が、実は我々に棲まう微生物の影響を少なからず受けていることが明らかとなってきました。

 

近年、微生物と人体の関わりには、様々な発見があります。その背景には、次世代シーケンサーと呼ばれる、超並列化されたDNAシーケンシング技術の開発が関連しています。この話は別の記事に譲るとして、今回は腸内細菌、クローン病、腸内細菌の与えるクローン病への影響にフォーカスしてお話します。

 

りけいのりでは、以前に過敏性腸症候群(IBS)と腸内細菌の関係について取り上げました。過敏性腸症候群は、現代の日本人の約15%が抱えるとされる病気です。緊急の治療は必要ないものの、お腹周りの慢性的な不快感から、私達のQOLを損ねる病気のため、多くのヒトが悩んでいるといえます。こちらの記事を読むと、今回の記事への理解もぐっと深まります。

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それでは早速、腸内細菌がどこに棲んでいるのか、ということから解説します。

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腸内細菌はどこに住む?

腸内細菌は、ヒトの腸管内に棲息する細菌です。例としては、ラクトバチルスなどの乳酸菌、フラジリスなどのバクテロイデス属菌、お馴染みの大腸菌が挙げられます。腸内は、腸内細菌にとってのオアシスで、生存に必要な餌となる食物繊維や水分は絶えず供給されます。また、代謝産物の排出プロセスもあるため、持続的に生存が可能な環境なのです。

 

ヒト腸管内には、約1 kgほどの腸内細菌が生存しています。その数は、ヒトの世界総人口を優に超え、数十兆個と言われています。現代の微生物学では、これらの微生物1つ1つを扱うのではなく、1つの集合体として腸内細菌を捉えるのが普通です。

 

そこで、腸内フローラ腸内細菌叢という言葉が利用されます。腸内フローラとは、お花を意味するフローラから、腸内に存在する多種多様な細菌を花畑として表現した語です。腸内細菌叢とは、雑多なものの寄せ集めを意味する叢(くさむら)より、やはり多種多様な腸内細菌の集合体を表しています。

 

ここで、腸内細菌は、腸内の中でもどの部分に存在しているのでしょうか。

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腸管内の構造

腸管壁は、以上の図のようになっています。我々の摂取した食物などが通る腸管内から、体の内部に向けて垂直に説明します。

  • 外粘液層:ムチンと呼ばれる糖タンパク質が体液に溶けることで形成される層。粘膜の保護や保湿、抗菌作用などを担う。ここに、腸内細菌のほとんどが存在している。
  • 内粘液層:粘膜上皮細胞の中でも杯(さかずき、ゴブレット)細胞から分泌されたムチンが高濃度に存在する領域。ほぼ無菌の状態。一部の腸内細菌はムチンを代謝することで、粘液層のバリア機能を低下させ、病原性細菌の腸内細胞への侵入が促進される報告がある*1
  • 粘膜上皮:陰窩と呼ばれる凹んだ部位に存在する腸管上皮幹細胞がTA(Transit Amplifying)細胞へ分化後、さらに分化した吸収上皮細胞,杯細胞,Paneth細胞,腸内分泌細胞,タフト細胞,M細胞により構成される*2。ここから抗菌ペプチドが分泌されることで、化学的バリア機能を果たす。
  • 粘膜固有層:マクロファージ、樹状細胞、T細胞サブセットや自然リンパ球など、免疫系を司る細胞群が多く存在しており*3、組織内への異物の侵入を防いでいる。

腸内細菌は、基本的に外粘液層に存在しています。しかし、後で示すように、腸内細菌のバランス異常(Disbiosis)時には、腸内細菌が内粘液層、組織へと侵入する場合もあります。

私達と微生物。自己と非自己。

腸内フローラと聞くと、何だか体に良いように聞こえます。しかし、もとを正せば腸内細菌は非自己・異物であり、免疫応答の対象です。そこには、粘液層や互いに接続された細胞という物理的バリア、抗菌ペプチドや免疫細胞などの化学的・生物学的バリアが存在します。ここで、ディフェンシンなどの抗菌ペプチドはパネート(Paneth)細胞から分泌されます。ペプチドとは、複数のアミノ酸が結合した化合物の一種で、様々な生理活性を示します。抗菌作用のあるペプチドとしては、バンコマイシンが有名です。

 

一方、一部の細菌は、難消化性食物繊維の消化を助けてくれたり、ビタミンや短鎖脂肪酸など、私達にとって有益な代謝産物を与えてくれます。したがって、腸内では自己・非自己のせめぎあいの中で、腸内細菌と絶妙な免疫のバランスを保っているのです。

 

腸内細菌が、免疫系の成熟に重要な役割を果たすとする研究もあります。

  • 観察対象:無菌マウス、抗生物質により腸内細菌叢を取り除いたマウス
  • 観察結果:腸管関連リンパ組織の発達が悪い*4。抗菌ペプチド生産が少なく、腸上皮バリア機能が低下*5

細菌と触れ合うことは、ヒトの正常な免疫系発達にも重要なことが伺えます。一方で、前述の通り、例えばムチンを好んで分解する細菌の存在は、腸管壁バリア機能を低下させ、炎症反応を惹起させます。今回取り上げるクローン病にも、実はこの点が大きく関連しています。次回は、クローン病クローン病と腸内細菌の関係について迫ります。

おわりに

今回の記事では、①腸内細菌は腸内のどこに棲息するのか、②腸内細菌と免疫系の関係について迫りました。腸内とくくっても、そこには複雑な生態系が存在しており、ヒトと腸内細菌の間で様々なやりとりがされていること、腸内細菌がマウスの免疫発達には重要であることを覚えて頂けたら嬉しいです。

 

私達の健康は、腸内細菌とのやりとりによって成り立ちます。したがって、抗生物質投与などにより腸内細菌叢を駆逐することは、長期的にみて人体に悪影響であるといえます。いずれかは、腸内細菌のバランスを整えることで疾患が改善される、非侵襲な医療の時代に突入するかもしれません。科学の進歩がヒトの幸福に貢献する、最たる例示になることを願います。

 

お腹の中の多様性に目を向け、上手に付き合う。そんなことが、健康への近道なのかもしれませんね。以上、りけいのりがお届けしました。

*1:生体バリア3 ~粘液層の役割~、昭和堂薬局、2017年7月19日更新、Accessed: 2021/08/11、URL: 生体バリア3 ~粘液層の役割~ | 『昭和堂薬局』

*2:奥村 龍・竹田 潔、腸管上皮細胞と腸内細菌との相互作用、ライフサイエンス領域融合レビュー、2016/08/31、Accessed:2021/08/11、URL:

leading.lifesciencedb.jp

*3:長谷耕二(2017)、シリーズ 腸内細菌叢7 腸内細菌による免疫制御、モダンメディア、63(2)、36-41.

https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/2017_02/005.pdf

*4:*3 長谷(2017)を参照

*5:Y. Obata, Y. Furusawa, K. Hase (2015), Epigenetic modfications of the immune system in health and disease, Immunol. cell biol., 93, 226-232.